短詩文芸である冠句紹介


by kanku_575
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2010年 05月 31日 ( 1 )

冠句の始まり

始祖 堀内雲鼓
         元禄時代の徘諧師。1665年生まれ。
         松永貞徳の門下。貞門の逸材(松尾芭蕉と同時代)

 ○ 芭蕉の高い詩精神を最も新しい詩型式に盛る。

 ○ 革命的な徘諧詩
    京都五条・川東・・・松原大和大路付近の愛宕寺のほとりに吹蕭軒(庵)をむすぶ。

 ○ 元禄6年4月11日 五文字附の初興行を行う。(冠句のおこり)
    元禄8年版雲鼓の笠附集「夏木立」と元禄15版雲鼓の笠附集「西国船」に
    記載されている。

 ○ 雲鼓の意図
    俳諧連句の発句が独立した俳句である事と下七五を時空的関連において附句する。
    この作句方法が的中して興行がふえる。
    やがて五文字附・鳥帽子附・笠附・冠り附となる。

 ○ 元禄時代は町民達にとらえられてゆく俳諧・・・・・・・平民文学
    平民文学は現実に即した生活の描写
    従来は月や花に託した表現方法・・・・・・・・・・貴族文学

    (例)うれしさは 乳房にすがる子の力み
       とりついて 蠅も越しけり大井川

 ○ 元禄十五年~宝永二年(二・三年の間)四十種近い刊行
    雲鼓 享保十三年(六十四才)で没す。

     陽の恵み 嬉しからずや夏木立     雲鼓

       京都下京区富小路 上徳寺に昭和十二年句碑建設
                京都の観光地に指定

    享保年間を境にして冠句は、破調句・低調卑俗となり堕落する。

     俳句・・・・・明治中期正岡子規により革新される。
     川柳・・・・・剣花坊により中興。
     冠句・・・・・良き指導者なく大正末期・久佐太郎により中興。
            昭和二年文芸塔創刊

    昭和八年頃の作品
      安らかに わが膝われとなる夕べ
      秋は問う 花剪れば掌に青き蜘蛛
      秋の水  砥石をすべる刃の匂い
      緑濃く  カメレオンこっち振り向く

 久佐太郎によって冠句を大成する。
   ★連句を心とした文芸から・・・・・題詠吟とした集団性に


続く...平成18年度 冠句講座テキストⅡへ

   
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by kanku_575 | 2010-05-31 06:00 | 冠句のテキスト